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「看護師としてあるべき姿」なんて今すぐ忘れてしまえ

 

看護師とは何か。どうあるべきか。

 

そんなものは看護師の数だけ存在するのが当たり前で、

「看護師としてあるべき姿」という幻想のせいで周りが見えなくなり、ひとりひとりの看護師の多様化を認めることができなかったのが、これまでの看護社会。

 

ところが、看護社会も変わろうとしている

 

変えようとしているのは管理者など上層部の看護師ではなく、今現場で働く若い看護師たち。

 

この流れを、決して止めてはいけない。

 

社会の流れに身を任せ、看護師としてあるべき姿を追求するのではなく、自分自身の生き方や選択を重要視していかなければならない。

 

集団主義と個人主義

日本人は「自分自身のために」という個人主義的な考えよりも、「集団の中での自分」という集団主義を重んじる傾向がある。

これは日本人の文化、伝統でもあり、決して悪いことではない。

例えば仲のいい数名のグループがあったとして、その中の1人が自分の考えに反する発言をしたとする。

日本人の場合「それはおかしい」と言うのではなく、意志に反していたとしても「そうだよね」と受け入れることがある。

日本人は意志に反していたとしても、個人の考えより集団の中での関わりを重要視する

 

 

自分自身の意志に反することに同意するというのは、簡単なことではない。

なぜなら、自分の意思と他人の意見との間に葛藤が生じるから。

この葛藤をうまく消化するために用いられるのが、日本人の伝家の宝刀とも言える

  • 我慢
  • 忍耐
  • おもてなしの精神

である。

我慢や忍耐、おもてなしの精神を持つ日本人は、「自分のために」という個人主義ではなく、「自分を含むみんなのために」という集団主義の中で育つ。

日本人は自然と、集団という一定のコミュニティの中で、自分を押し殺しながら他者との関わりを保つことが得意なのだ。

 

 

大規模な災害が起こると、避難した住民に対して炊き出しを行う様子がテレビに映し出される。

このような光景をテレビで見た時、我先にと争うように炊き出しを手に入れようとする日本人を見たことがあるだろうか。

ほとんどの日本人は、炊き出しを手に入れるために列を作る。

 

例え命の危機に瀕する大規模な災害現場であっても、列を作るのが日本人なのだ。

 

個人を尊重する社会

 

働き方改革、ワークライフバランス。

 

コロナ渦も相まって、日本社会の中でもより個人の考えを尊重し、ひとりひとりの多様化を認めようとする動きが盛んになっている。

 

就職した会社で働き続けるのが当たり前だったこれまでとは違い、特定の組織に属さず、フリーランスとして生計を立てる人も増えてきている。

 

  • 働き方を自分で決めて、自分の時間を確保したい
  • 固定給ではなく、目標とする収入を得るために労働を組み立てたい

 

一度しかない人生を有意義に生きるために、自分で考え行動するという個人主義的な考え方が、日本国内でも認められつつある。

 

このような最近の社会に、看護という社会を当てはめて考えてみたい。

 

看護社会と多様化

看護の社会においても、多様化は認められつつあるのか。

 

答えは、間違いなく「No」だ。

 

看護社会は未だに看護師としてあるべき姿看護師の品格を謳い、輪を乱すものは認めない。

 

看護社会は未だに、多様化を認めない。

 

日本の看護社会、とりわけ日本の看護師の待遇を大きく変えたのは、実は第二次世界大戦後のアメリカだ。

 

それまで看護師に品格や専門職などと言う概念は存在せず、医師の奴隷のような存在として扱われていた。

 

第二次世界大戦後、日本国内の看護師の待遇を見かねたGHQ、アメリカのオルト大尉が、看護改革に着手した。

 

手術看護の歴史―専門性を求めつづけた歩み」の中では、当時の看護改革について以下のように書かれている。

第二次世界大戦後は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の公衆衛生福祉局に看護課が設置され、初代課長のオルト大尉(Alt.Grace Elizabeth)によって看護制度改革が図られた。保健婦、助産婦、看護婦の3つの制度は1948年(昭和23年)に保健婦助産婦看護婦法に一本化された。

手術看護の歴史―専門性を求めつづけた歩み」 p.8より引用

 

これにより、看護師の役割、必要性、待遇や教育カリキュラムに至るまで、様々なことが変革されていった。

 

医師との関わりを良好に保つため、我慢し、忍耐強く、自分たちのしていることには意味があるのだと納得させながら看護に励んでいた先人たちに手を差し伸べたのは、個人主義大国アメリカだったというわけだ。

 

これに加え、看護は女性社会だった。亭主関白、女は黙って男に従う。そんな考えが当たり前だった日本は、未だに男女共同参画を掲げている。菅内閣が発足すれば、他国からは女性官僚が少ないと批判を受ける。

 

男性看護師が増えたとは言え、看護社会は未だに女性特有の社会の中で培われたこれまでの集団主義的要素を大きくひきずっている。

 

現実の看護社会

看護師が一度しかない人生の中でよりよい生活を手に入れるため、現実社会では具体的に何をしているのか。

 

二つの例を紹介しようと思う。

 

 

急性期看護が大好きな僕の先輩にあたる看護師A。だけど、目標とする生活を送るためには、もう少し収入が欲しい。

彼は、得意とする分野である急性期を捨て、介護施設に転職した。

「もったいないじゃないですか、今までの経験」

と言った僕に対する彼の答えは、

「しょうがないよね」

の一言だった。

 

この「しょうがないよね」は、単なる諦めではなく、究極の受容だと思う。

 

スタンフォード大学 マインドフルネス教室」という本の中で、著者のスティーブンマーフィー重松氏は受容について次のように述べている。

 

「仕方がない」は変えようもない人生の側面に対処するひとつの方法なのだということを理解したのだ。それは需要のひとつの姿で、自分のヴァルネラビリティや無力感ん甘んじて受け入れることなのだと。そして、人々が被害の鎖から解放され、行動主体として前進する力を得られるようになるのは、この需要から始まるのだ。

スタンフォード大学 マインドフルネス教室」P.203より引用

つまり彼は、急性期看護を続けながら収入増やすという押しても引いてもどうにもならない状況に労力を使うのではなく、今ある環境の中でよりよい生活をする道を選んだのだ。

 

僕の後輩である男性看護師B。これまで覚えた仕事は難無くこなすが、新しく覚える仕事が全く身につかない。

面談をしたところ、

「僕は手取り20万で十分なんです。給料の一定額を投資に回していて、満足できる収入が得られています。これ以上労働を増やしたら、投資とのバランスが崩れるんです。だから、新しい仕事ができなくて怒られても我慢できます。」

と言った。

 

彼は間違いなく個人主義者で、僕自身、彼を見て「度が過ぎる」と言いたくなるところだが、

 

実は彼も「我慢」をしている。

 

怒られてもただただ頭を下げ「すみません」と言いながら、自分の気持ちを押し殺して我慢をしている。

 

看護師の品格という輪の中で、二者択一を迫られる

多様化が認められつつある社会の中で、看護社会は未だに多様化を認めない。

 

「看護師の品格」という輪で100万人以上もいる看護師をひとまとめにし、自分の能力を発揮できる場を選ぶか、能力を活かすことを捨てて収入を選ぶかの二者択一を迫る。

 

看護の概念を作り出したフローレンス・ナイチンゲールなら、どう考えるだろうか。

 

看護実践だけでなく、マネジメントや公衆衛生、統計学においても能力を発揮したナイチンゲールなら、能力か収入かを選択させる日本の看護社会をどう見るだろうか。

 

日本の看護社会は、多くの先人のおかげで待遇が改善され、今に至る。政界にも看護職がいて、待遇改善に尽力してくださっている。

 

ただ、これまでを振り返り、確実に言えることが一つだけある。

 

それは、結果が出る頃には別の大きな問題が出現しているということだ。

 

要するに、時すでに遅しなのである。

 

Twitterを見てみて欲しい。反吐のでるような不満が溢れかえっている。

 

Twitterで吐き出されるのは、個人主義的な考え方に傾きつつある現代の若い看護師が、集団主義から抜け出せない看護社会の中で感じる葛藤そのものだ。

 

誰が2025年の看護を担うのか。

誰が10年後の看護を担うのか。

誰が未来の今後を担うのか。

 

それを考えて、今必要とされていることを10年後に達成させるのではなく、タイムリーに応えていくという視点が必要だ。

 

日本の看護はこんなものではない。

 

能力が発揮できるバックグラウンドを作ることさえ許してくれれば。

 

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